当連盟について

■ 設立までの歩み   
  少林寺拳法は昭和22年、香川県多度津町において少林寺拳法開祖「宗道臣師家」が敗戦語の祖国復興と青少年育成目的に「北派少林寺拳法協会」を設立し たのが始まりです。昭和38年10月「社団法人日本少林寺拳法連盟」が設立され、同時期に関東・関西・東海地区において学生連盟が発足、全国の大学に少林 寺拳法連盟が設立されるきっかけとなり飛躍的な発展を遂げ、この時期から全国都道府県連合会が次々と発足し、地域社会や団体、会社の中にも支部が設立され 当時の拳士の人口はすでに80万人を超えていました。岐阜県において少林寺拳法が組織化されたのは昭和51年4月、「岐阜県少林寺拳法連合会」として発足 しました。当時は関連団体も少なく、その活動内容はも昇格考試や全国大会の予選会を行う程度のものでした。

■ 創立・昭和54年(1979)〜昭和60年(1985)   
  昭和54年5月「岐阜県少林寺拳法」連盟を設立、故田口福太郎氏(当時西濃運輸株式会社副社長)を会長と仰ぎ組織の再出発を行いました。この当時は支 部は28まで増加し、県内における拳士の人口は1500人に増加、このころから団体として様々な事業や行事を行うことができるようになりました。昭和58 年5月29日、第1回岐阜県少林寺拳法大会」を岐阜市民会館において初めて実施、昭和60年11月26日には、中国浙江省より武術団を招聘し「中国武術団 公開演武大会」を岐阜県・岐阜県教育委員会の後援を頂、岐阜新聞・岐阜放送・岐阜県少林寺拳法連盟の主催で実施、満席の入場者を頂き大成功を収めることが できました。
  
■ 平成元年(1989)〜現在   
  平成元年には、念願の岐阜県体育協会への加盟を果たし、同時に'89ぎふスポーツフェアにも初参加、以来毎年参加させていただき組織の活性化はもとより、 岐阜県内において、他のスポーツ団体の交流を始め、各種イベントの参加、協力体制ができるまでになりました。「岐阜県体育大会・秋季大会」には平成2年より参加しています。
平成4年5月、初代会長田口福太郎先生が内外共に惜しまれながらご逝去。平成5年4月ご子息である東海西濃運輸株式会社社長の田口利壽先生に第2代会長に就任されました。
 岐阜県少林寺拳法連盟は開祖宗道臣の説いた少林寺拳法の理念に基づき、県内各地で活発な取り組みを行っています。